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・ 慰安婦問題について何か言う前に自分でよく調べるべき 右も左も

公開日: : 未分類 ,

朝日新聞が昔報道した吉田証言について誤りだったとしたことで、にわかに慰安婦問題に再び世間の注目が集まり、慰安婦問題について右寄りの人からも左寄りの人からも、多くの発言がなされています。

私は、90年代末の頃に、この問題を含む戦後補償問題について深い関心があり、慰安婦問題についても集中的に詳しく調べたのですが、現在のいろいろ言われている発言や議論が、私にはひじょうに断片的で全体像の把握を欠くものに思えることを憂慮しています。

慰安婦問題は、皆さん感じている通り、物の見方が右寄りの人も左寄りの人も共に思い入れが強い問題で、それだけに発言や議論がひじょうに情緒的になりやすいものですが、正しい判断をするためには、まずなによりも個々の事実を出来るだけ正確に把握し、多くの具体的事実を元に全体像を把握してから、はじめて価値判断をするという事が求められると思います。

私は、政治的には明らかに左寄りリベラル寄りですが、リベラル側の人の言説にも、果たしていろいろよく調べた上で話しているのかと疑問に思う発言をよく見ます。また広義の強制とか抽象的概念の主張にこだわり過ぎであり、具体的実態の理解や説明(あまり問題について知らない人たちへの)が不十分ではないかと感じています。

一方、右寄りの人の言説は、端的に言えば強制連行の有無だけに関心が完全に集中している点に大きな問題があります。しかも90年代に朝日新聞が報道した吉田清治氏の証言が正しくなければ、それだけで軍の強制は全くなかった、というようなひじょうに杜撰な論理に乗っている人が多いように感じます。私個人は、トラックに片端から積み込むような連行はなかっただろうと思っているし、「朝鮮については」軍や官憲が直接間接に強制して徴用に近い形で慰安婦を募集したことはなかったか、あったとしても例外的で、広範にあった可能性は低いと考えていますが、それでも、済州島という島の中で吉田清治氏が言ったような募集がなかったというだけの事で、朝鮮で強制的な募集がなかったと言い切ってしまうのは、論理としてひじょうに杜撰です。また、強制的な募集がなければ、当時の軍の責任がなくなるかといえば、そうでない事は多くのリベラルの方が指摘されている通りです。フィリピンやインドネシアの慰安所がほとんど連行監禁だったと思われることに触れずに「強制連行はなかった」とだけ言うのは誤解を招いているともいえます。

元来、吉田清治証言が誤りであることは、私が慰安婦問題を調べていた16年近く前でも、慰安婦問題についてよく調べている人の間では、右寄り左寄りの立場を問わず、既に完全に常識でした。そのような二十年近くも前に既に常識だった事が、いまさらのように新事実の大発見のように語られている日本の言論環境に、私はまったく失望しています。まともな言論環境であれば、このことは十数年以上前に多くの国民の知るところになり、吉田証言に対する関心はその時代で既に止んでいたはずであります。

私は、誰がどのような立場でこの問題について発言しようとかまわないのですが、まず最低限の努力を惜しまず、価値判断を下す前に、まずよく調べて細かな事実と全体像を把握してほしいと思っています。慰安婦問題は分からない事がひじょうに多いですが、分からないなりに可能性の評価など、調べない場合にくらべてより信頼性の高い事実把握や価値判断が可能です。

以下に、私がこれまで、慰安婦問題について発言する人には最低限読んで欲しいと思ってきた本をあげておきます。最低限と言っておきながら私が慰安婦問題について読んだ本は、おそらくこの1.5倍か2倍程度でしかないのですが、それでも読んでいない場合と比べてずっと正確な知見が得られていると考えています。

 性と侵略―「軍隊慰安所」84か所元日本兵らの証言 社会評論社– 1993/8/1

1992京都おしえてください! 慰安婦情報電話報告集編集委員会 (編集)

これは、人権団体が慰安所の実態について調べるため、1992年3月28日から30日までの3日間開設した、当時の日本兵からの電話を受けるホットラインによせられた
情報を書き起こした資料です。83件の情報とあり、83人の元日本兵からの情報です。
(数が題名と合ってないですが、一人で二か所証言しているのかも)

「性と侵略」などという題であると、右寄りの立場の方はもうそれだけで読みたくなくなるかもしれませんが、慰安所の経営は民間の業者が行っていた、強制連行があったようには思えなかった、という主旨の元兵士の証言が多いなど右寄りの方の立場でも資料価値の高いものと思います。文章は、いかにも元日本兵の電話音声をそのまま書き起こしたという息遣いまで伝わってくるような感じの文章で、まったく録音テープそのままである可能性が高いように思います。ほとんどの証言は特定の政治的立場という感じはないものとなっています。二段組みで、373頁もある大部の本です。要するにすごい情報量です。私は精読して、資料価値がひじょうに高いと思いました。

リベラルの立場の人が注目しそうな証言内容としては、騙されてきた人がいるというような証言や、おびただしい数の強姦に関する証言があります。あまり関心の集まる本ではないかと思いますが、慰安婦問題について調べる人にとっては、私は必読書の一つと思います。

 証言 強制連行された朝鮮人軍慰安婦たち –明石書店 1993/11/1
  韓国挺身隊問題対策協議会・挺身隊研究会 (編集),
  従軍慰安婦問題ウリヨソンネットワーク (翻訳)

  上記の性と侵略が、兵士の側から見た慰安所であり、こちらは支援団体が、元慰安婦の証言を集めたものです。一人五六回面接という膨大な時間をかけたインタビューの資料化で、かけた労力は、日本政府の調査団について、一人たった三時間しか面接しておらず、「それでどれほど事実に接近できたのか」と批判していることからも分かります。

 こちらも「強制連行された」と題名にあると、右寄りの人は読みたくなくなるかもしれませんが、19人の21回(内2人が2回連れていかれてるため)の「連行」のうち、軍人憲兵、軍属によるとしている証言は4例のみで、他の17例は就業詐欺、誘拐、人身売買他です。これは、同書の本文の解説自体にはっきり表付きで書いてあることです。私自身は、軍人軍属憲兵によるものは、軍人軍属憲兵の個人犯罪である散発的ケースが含まれている可能性が高いのではないかと推測しています。慰安婦の証言については、右寄りの人たちに、韓国人蔑視が多いことから、「虚偽だ」と言いつのっている人が多いですが、軍人軍属による連行という証言が少数であるという一点から考えても、この本で見る実際の証言内容は、現在の左右の研究者の常識並びに日本政府の河野談話などの見解からそう遠いものでありません。むしろ事実関係については、現在の慰安所や募集の実態についての常識が概ね的をはずれていないことを表している資料のようにも感じられます。

証言の中の慰安婦の生活は、ひじょうに悲惨な感じを催させるもので、兵士の見た慰安所とかなり様相を異にしています。前書きの解説では、挺身隊研究会会長が「慰安婦たちは軍人と慰安所の管理人からあらゆる残虐行為を受けた。大部分が生理の時も軍人の相手をさせられた。反抗したり、拒んだ場合、軍人たちの、あるいは管理人の暴力行為に耐えなければならなかった。」と書いています。私は、どちらも当人の見た目からは真実であり、両方を合わせて読むとおおよそ真実が立体的に見えてくると思っています。心情的な部分を除けば、個別の具体的事実について、兵士の証言と慰安婦の証言にそれほど大きなかい離は見られないという印象を受けています。

 漢口慰安所  長沢健一 (著)  図書出版社– 1983/7/1
 武漢兵站    山田 清吉(著)  図書出版社1978/12/1

この二冊も、前記の二冊と共に、慰安婦問題について発言するならば、是非読んでいてしかるべき本です。基本的文献と言えると思います。

漢口慰安所は、ひじょうに大規模な慰安所で、長沢氏は、そこで性病検診などを担当していた軍医です。武漢兵站のほうの、山田氏は、慰安所で、慰安係長であった人です。この二冊は、そうした二人の著者の回想記のような本です。この二人は、記述からはまったく思想的なものは感じない人たちで、ネトウヨとかリベラルとか全く関係のない一般的な人の書いた回想記という感じになっています。出版年代も、慰安婦問題が左右論争のような沸騰を見せるずっと前の時代のものです。

長沢氏はやや謹厳な事務的な性格の人の感じ、山田氏はやや女性的で気弱、几帳面な感じを受ける人だったと思います。今本が手元にないので、90年代末に読んだ時の印象で書いています。この二冊をなぜ必ず読むべきかといえば、観念的な慰安所像が壊れるからです。
日常風景の中にある慰安所がどんなだったか分かるからです。実際慰安婦になった人にとっては地獄だったかもしれませんが、何年も毎日のことであれば、必ず日常風景があったはずです。それをこの二冊は伝えています。

長沢氏は例外としながら、慰安婦になるとは知らなかったと泣いた少女の例を挙げ、山田氏は「騙されて連れてこられた人が多かった」と話しています。教条主義的な慰安所観にならないため、この二冊を読むべきと思います。なお、慰安所は三百人規模だった漢口慰安所のような大規模なもあったが、トラックで巡回してくるような、あるいは一業者だけ十数人で営業しているような慰安所もたくさんあったようで、フィリピン、インドネシアなどでは、暴力的監禁が主だったと推定されることから、一括りに語れるものでなく、個別的具体例として解釈する必要があります。

 従軍慰安婦資料集 単行本 – 1992/12/1  吉見 義明 大月書店 (1992/12)

言うまでもなく、基本的な文献の資料集です。

以上の資料を私は、当時多数の蛍光ペンや書き込みも含め、精読しましたが、少なくとも慰安婦問題について発言される方は、ざっとでよいからこれらの本に目を通していただきたいと思います。断片的な知識だけからひじょうに強い口調で断定的判断を下すことは、右寄りの立場、左寄りの立場を問わず避けてほしいと考えます。国全体として正しい結論に近づくには、冷静な議論により全体像がしっかり把握され、その上で価値判断がなされるべきと考えるからです。

ただ、実態的には吉見氏の従軍慰安婦資料集は、すぐ手に入りますが、漢口慰安所、武漢兵站、性と侵略(元兵士の証言集)は古本のみ、「証言 強制連行された朝鮮人軍慰安婦たち」は古本もないようで図書館でとなるかと思います。しかし、これを読まずに各種の本にある断片的な数行の、全部で数ページのような証言をもとに慰安婦問題を語るのは、ひじょうに問題があると思います。

なお、左右どちらの立場からも、論点をまとめたQ&A集のような網羅書が発売されていますが、それらだけを読んで判断するのは避けるべきだと思います。なぜなら、それぞれの主張したいことにしたがって、見たいところ(だけ)を見たいように書いてある可能性が高いからです。上記に上げたような「一次資料に」自ら当たって、自分で具体的事実を汲みだして判断されるべきだと思います。

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