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・中国水泳選手孫楊「日本国歌は不快」時事通信は翻訳が不適当。結果中国人への誤解煽る。

公開日: : 最終更新日:2014/10/11 ・ 日本から見た中国 , ,

14.1002 kokka fukai jiji

「日本国歌は不快」の「不快」の部分の原語は「難聴」。基本的に曲の聞いた感じの良しあしを表す語で不快の意味はなく翻訳が誤訳に近い。

9月25日(2014年)、『仁川アジア大会に出場しているロンドン五輪競泳2冠の孫楊(中国)が、「日本の国歌は不快」と話していたことが25日明らかになった。』
という時事通信が配信した記事について。

この記事を見た瞬間、私は「日本国歌は××だ」、という××の部分は、中国語の原文では「難聴(発音はナン・ティン)」ではないか、と感じ、ネットですぐ元の発言を調べてみました。そうしたら、案の定というかやはり元の発言で使われていた中国語の語彙は「難聴」というこの言葉でした。

結論から先に言いましょう。私は、元の中国語の「難聴」という語を日本語で「不快」と訳したこの翻訳は、ほとんど誤訳と言ってもいいもので、結果的に日本人の中国社会への誤解を煽ってしまっていると思います。言葉は感覚的なものですから、100%間違いと言い切るのは難しいかと思いますが、私自身が原文を見たら直ちに不適当な訳と思った他、語義について念の為訪ねてみた中国人の友人知人5人のうち、5人ともが問題のある翻訳と言っているため、実質的に誤訳といってよいものと思います。仮にある面100%誤訳とも言いきれない側面はあったとしても、誤解を与え、中国人と中国社会への偏見を生み、冤罪に近い嫌悪感さえ生む可能性があるため、記事には用いるべきでない翻訳であることは、まず間違いないと私は思っています。

なお、追って詳細に説明しますが、私のこの一文を最初の方しか読めない方々の為に先に書いておきます。外国語でされた発言自体がニュースになる場合、当たり前ですが言葉というものは翻訳によって180度と言ってよいほど印象が変わるものです。ですので、外国語でされた発言自体をニュースにする場合は、GDPが×ドルというような翻訳で意味の変わってこない事実を記す記事でなく、言葉のニュアンスが焦点である記事は、文字が日本語にある限り、必ず原文で使われている語彙を掲載するべきだと思います。また読者も原文は何かということに極めて敏感、神経質になるべきです。もし原文を掲載しないならば、感情的に国と国との関係に大きな影響を与えてしまうようなニュースが、通信社の翻訳で記者一個人か、その通信社の編集デスクくらいのレベルで決定される翻訳の語彙選択で大きく左右されてしまう事になるからです。記事で使われた訳語の日本語に対する、世間の第三者によるチェックが効かなくなってたいへん問題があると思います。この場合は、調べて原文に触れることができたから、まだよいものの、記者以外、原文に触れられない場合、通信社が好き勝手に他国に対する国民感情を動かせることになってしまいます。

なお誤訳といっているのですから、私の中国語について簡単にお話しておきます。私は中国に来た時にすでに日常生活に全く問題ないくらい中国語ができました。その後中国に五年以上、そして周りには日本人が多い時で一人か二人くらいしかいない環境で生活しており、日本語はたまに話すくらいで、しかも五年以上のうちの半分くらいは周りに日本人の全くいない環境で中国人の中で生活してきました。ですから、私の中国語の語感は、書物による知識のようなものでなく、中国人とずっとしゃべってきている生活感のある肉感的なものです。したがって語感にはかなりの正確性があると考えています。

さて、本題に入ります。この孫楊という選手が使った「難聴」という言葉は「好聴(発音はハオ・ティン)」という言葉の反対語になります。「好聴(ハオ・ティン)」というのは、何かといいますと、音楽を聴いた時に「ああ、この曲はいい曲だな」というのが「好聴」な曲です。「聞いていい」、「耳に心地よい」、くらいの感じです。カラオケでうまく歌った人がいれば、合いの手で「ハオ・ティン!ハオ・ティン!」などと囃(はや)されるのが好聴です。「好」は中国語で「良い」、あるいは「~し易い」という意味になります。同様の合成語はたくさんあり、「好用」は使いやすい、「好吃」は美味しい(吃は食べるの意)、「好辨」はビザが取り易い、などの時に手続きしやすい、のような意味で使われます。「難聴(ナン・ティン)」は、「好聴」と全く同じ文法構造を持つ「好聴」の反対語で、原意は「聴くのが難しい」といってよいと思います。まあ耳に入りづらい、耳なじみが悪い、くらいの意味と考えていただいていいかと思います。ただ、「悪い」という言葉は入っていなくて「難」ですから、元来やや婉曲的な語といえるのではないかと思います。

ですから、上でご説明した語義から考えると、「難聴」を日本語で「不快」と訳した時事通信記事のこの翻訳は、私が考えるに、元々、カラオケで歌っている曲が音痴でよくない、あるいはメロディーがよくない、というような「曲がよくない」という程度の話を、ヘイト(嫌悪)みたいな話にしてしまったものなのです。確かに、言うに事欠いて、国際大会の後で他国の国歌がよくないなどとわざわざ言うのは失礼で、中国でも日本でも批判されていますが、本来そこまでで終わってしまうべきニュースのはずなのです。単に若い水泳選手が国内向けのポーズで受け狙いをしたものが、「不快」と不適当に翻訳されたために、この選手が日本に対してひじょうな嫌悪感を持っており、しかもそれをわざわざ表現して日本人を挑発した、というような印象になってしまっており、元々の原義から考えると、話がひじょうに大きくなってしまっているわけです。ですので、この「不快」という翻訳は、元々の発言にない意味を作り出し、それからくる誤解を通じて、日本人の中に中国人に対する合理的根拠のない敵意を醸成してしまったという意味で、たいへん問題のある翻訳だと言えると思います。曲のことを中国語では「曲子」と言うのですが、私は中国人の友人たちに中国語の「難聴」は「曲子不好」(曲がよくない)という意味であることを確認しています。(この記事ここで終わりでなくて、まだ下に続きます。)

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ネットを見ると、案の定、懸念された通り、この報道で使われた「不快」という翻訳の強いイメージが、一人歩きしてしまっております。Yahooのニュースでは、読者からのコメントの一つとして、「スポーツ選手がこういう発言するっていうのはやっぱり(中国の)一般市民も似たような考えの人が多いんだろうなと察しがつく。」というのを見ることができます。しかも、このコメントに対して「いいね」が5万回も押下されています。それだけの多大なインパクトを持つ翻訳だということです。ただ、Yahooのニュースのページのコメント欄はかなり昔から所謂ネトウヨ(中国韓国リベラル系に反感を持って、ネットにその書き込みを繰り返す人たち)と呼ばれている人たちにほぼ占領されている状態で、このコメント自体も多分ネトウヨ的心情をもった人からのものではないかという気がします。ですから、そういう社会の中でも少数な人のコメントだから、それほど気にする必要はないという面はあるとしても、この「不快」という翻訳を使った報道は、ネトウヨの人たちも含め、日本人全体に「中国人の有名人には、日本人をヘイトのレベルで侮辱する人がいる」という潜在意識を植え付け強い印象を残してしまったのではないかと私は危惧します。

恐ろしいのは、ツイッターで「国歌、孫楊」で検索し「トップ」(よく見られるものの意味か?)で表示されるものを見ると、ツイートでこの事件についてコメントしているほぼ全員が、日本国内の報道で使われた「難聴」の訳語、「不快」「耳障り」「聞き苦しい」などに対して、あたかも問題の選手がこれらの日本語そのままを発したかのごとく極めて単純な反応、多くは「不快」という言葉に含まれる嫌悪感に相応する怒りと反感をふくんだ反応をしていることです。検索結果で表示できた約100件の日本語のツイートのうち、原文は何だろう?と詮索したり、原文が中国語の難聴であることに触れていたツイートはただ一件だけでした。言葉は翻訳次第で、受ける印象がほとんど180度といっていいくらい変わってしまいます。ですから、外国語での語彙の選択自体がニュースになっているものは、まず原文が何かを考える、というのはメディアリテラシーのABCといってもいいような基本的な事かと思います。ツイッターで見ていて、これだけ沢山の人にその意識が全くないようであることを私は危惧せずにはいられませんでした。また、市井の市民にそこまでの分別は期待はできない面は一部あるとしても、読者に正確な情報を伝えることが使命の通信社や新聞までが、原文の語彙は何かや、原文の深いニュアンスを詳しい説明を通じて読者に分からせようという顧慮を全く払っていないように思えたことはひじょうに納得できないことでした。今日再度調べてみてさらに失望したのは、朝日新聞までが単にこの「不快」という翻訳を載せて記事にしているだけだったことです。

誤解のないように書いておきますが、音痴な人の音楽が聴きづらいというようなレベルの話として君が代の曲がよくない、と言ったとしても、運動競技の世界大会で選手がそのような事を言うのは明らかに不適当です。これは中国人の友人知人がほぼ全員、私のほうから感想を求める前に、即座に「そんな事を言ったのか」「そんな事をいうべきでない」と言っていたことからも、日本人でも中国人でもまともな人の気持ちは皆同じといえると思います。一方で、皆さんに注目していただきたいのは、この選手の日本国歌難聴、の話は中国のメディアの一部で「国歌門」として報道されていることです。この「門」というのは、中国語で、醜聞とかスキャンダルにつけられる漢字です。「国歌门」(门は、門の簡体字)をコピーしてネットで検索していただければ、この孫楊の話を見つけることができます。「門」が使われている別の例としては、中国の検索サイト百度などで「艳照门」という言葉で検索していただくと、中国で有名な、昔有名芸能人数名のセクシャルな写真が流出したスキャンダルの話がでてきます。

ですから、孫楊選手が日本の国歌を「難聴」と発言したことは、元々中国では「スキャンダル」と受け止められていると考えてよいのではないかと思われ、決して中国の一般の人々がこの選手の言葉に拍手喝采しているというような話の流れではないのです。

この選手が以前、無免許運転でバスと衝突し警察に拘留された事があったという話は、今回の時事通信の記事も触れている所です。中国人の知り合いによると、この選手は北京五輪で二冠になった時は、国民の間でたいへんな人気だったが、その後たくさんの問題事件を起こし、世間でのイメージはひじょうに悪い、とのことでした。ですので、今回の話は、あの問題児が、また問題を起こした、という流れで中国内でメディアの注目するところになり、着眼点は「あの問題児がまた問題を」だったのに、時事通信ははっきりした考えなく、こういう話は耳目を集めるだろう、というような安易な考えで中国人の「反日」を報じるという記事にしてしまった、という感じではないかと私は思います。結局のところ、多くの人から問題と考えられたからこそ、中国メディアに乗った記事を、時事通信が、「中国人は多くの人が孫楊と同じ考え」と受け取られかねない形で、しかもかなり読み方によって扇情的な不適当な翻訳を付けて出したと、結果的にはそういう事になってしまっていると思います。

中国国内では君が代が「曲が悪い」と言っただけで、一部からかなり批判されているわけで、これは日本人にとってはむしろいいニュースとさえいえる面があるのではないかと思います。中国での批判は、国歌に対する悪い評論は、その国の国民に対する侮辱だ、という主旨で、孫楊が曲の良しあし自体を評論したことに対する批判です。これに対して日本国内での批判は、不適当な翻訳による、中国人選手が日本国歌を聴くと不快になるほどに日本に対して嫌悪(ヘイト)を持っていることを公言した、という誤解に基づく批判であります。

ところで、先日ツイッターで「不快」というのを誤訳だと書いたところ、ある方から「難聴」には不愉快という意味もある、ということで以下の辞書の訳の写真をいただきました。

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ご覧のように、たしかに「不愉快」という訳も、幾つかある訳語の一つとして書かれてあります。わたしは最初にツイッターに投稿する前に、私の「難聴」の語感が正しいかどうか確認する目的で、念の為2人くらいの中国人の友人に、語義を一から聞いてから投稿していました。確認の結果、まず誤訳といっていいだろうと思い最初の投稿をしたのですが、このような訳語が辞典に出ているため、より確実に検証するため、念のためにさらに別の3人の友人知人にもしつこくいろいろ聞いてみました。実際は、追加で聞く前から、辞典の訳語についても自分の考えがあったのですが、念の為です。そして、追加でさらに詳しくしつこく確認した結果、やはり「不快が不適当な翻訳」だというのはほぼ間違いないと確信しました。

数人の友人に1人10分か15分くらいづつ、かなり詳しく聞いた話を総合すると次のようになります。まず孫楊が「難聴」といった意味は「曲が悪い」という意味だろうということです。これは、5人に共通するはっきりした答えです。ここで「曲が悪い」という意味を表すのに友人たちが使っている言葉は「不好聴」です。要するに「好聴」じゃない、ということですから、「不快」というような事を言おうとしている言葉ではないのです。そして、現在年齢が60代で自分で事業をしていた、かなりしっかりした人に聞いたところ、「難聴」は曲の良しあしについて評論する言葉で、その意味は「不好聴」であり、難聴は気持ちを表現する言葉ではない、ということでした。

そして、友人知人たちの話から判断するに、ある方から指摘いただいたように「難聴」について、辞典に「不愉快」との語義も書かれるのは、要するにこの言葉は「耳にいいか、わるいか」が焦点になっている、耳心地がいいか悪いかみたいな事が焦点になっている言葉なので、他人が話している内容について使われた場合は耳心地が悪い、聴くとよくない、聞いていたくない、というような意味になるということのようです。

これはなぜかと言えば、人の話す言葉は、当然ですが中には暴言や誹謗中傷など極めて不愉快なものがあるためで、対象が話の場合には、日本語の「不快」というのとはだいぶニュアンスが違うとは思うものの、とにかく「聞いていたくない」のような意味があるようなのです。この場合でも「不快」はおそらく少し意味が強すぎると思われます。要するに耳心地の話ですので。そして、国歌というのは曲ですが、「難聴」が曲について使われる場合は、曲の感覚的良しあしを表現するものになるようです。「感覚的良しあしを表現する」というのは自分の語感ともほぼ一致します。「難聴」の意味するものは、基本的に「聴」の字のごとく感覚的であるのに対し、「不快」という日本語は、内心の強い感情であって、耳のところの感覚で止まっておらず、ハートからふつふつと湧き上がる制御不能な感じのもので、明らかに意味が強すぎ、言葉のカテゴリが全く違ってしまっているといえます。

友人たちが翻訳を評論する際に使った言葉に「不対」というのがあります。これは日本語の「間違っている」という意味に相当する語で、よほど明確に「難聴」と「不快」の語感が違っていなければ、こういう断定するような言い方はしないと思います。中国語の分かる方のために付け加えておくと、一人の友人は日本語の「不快就是不高兴嘛」だから難聴とは意味が違う、「難聴就是不好听」と言っていたのです。そして、ここまで書いてきて初めて今気がついたことですが、上に上げた「不愉快」という訳語の前にも「(言葉など)」と言葉などについて使われる場合の意味であることが示されています。

音声について「聞きづらい」「耳障りである」という訳語が書いてありますが、これは単純化していえば、辞書編集者の方の怠慢のようなもので、怠慢というとひじょうに心象が悪くやや申し訳なくも感じますが、結局何万もの語義を編集しなければならない辞典では、このブログでやっているほどに本当に原義について詳しい説明を時間をかけてすることはできず、原文にはない意味が入っているけれども、比較的に近い面のある代用品の訳語ですませている、という現実的制約から来ていると考えていただいてよいと思います。学校時代に国語の成績のよかった方は、皆お分かりと思いますが、辞書の訳語というものは、決して原語と一対一対応のようなものではなく、みな無理やり代用品ですませているような妥協の産物です。

あと、おもしろかったのは、いろいろ語義を詮索するようにしつこく聞いているうちに、友人の一人がしまいに「ホントのことを言えば、自分も日本の国歌は「好聴」だと感じない」と言っていたことでした。なぜならならあの曲は「歓快」ではないから、と言っていたのです。この友人は、孫楊がインタビューで日本国歌を難聴と言った、と聞いたとたんに「そういう事を言うこと自体駄目だ」と非難していた人ですので、悪くとらないでください。むしろ日本には好感を持っている人です。あくまで説明のために、どういう事か話してくれたものです。「歓快」というのは、中国語でウキウキするというような意味の形容詞です。ここで、よく考えてみればすぐ分かりますが、日本の国歌は荘重な感じの曲で、普通に考えれば外国の若者が好んで聞くような種類の曲ではないというのは、御同意いただけるのではないでしょうか。日本人以外の他の国の人は聞いてウキウキするという感じではないだろうと思います。日本でも大人は違いますが、ご自身の子供の頃を思い出していただくとどうでしょうか。

ですので、孫楊は、本音を言えば、日本国歌はあんな曲だしね、程度の感じで君が代の、彼にとっての感覚的な曲の良しあしについての感想を話した、と解釈するのが素直な理解の仕方だと思います。それによって中国国向けに媚びを売ったという感じだと思います。

中国語の場合A很B、というのが日本語の場合の、A(主語)はB(形容詞)だ、にあたる意味を表す形式です。很は、日本語の「は」にあたります。ややこしいのは、很には「とても」に当たる意味もあって、「很」がとても強く発音される場合には、単に「は」というより「とても××だ」という意味になってきます。ですので、もし孫楊がいかにも嫌(いや)そうな顔で、眉間にしわを寄せて意図的に侮蔑的な口調で「日本国歌很難聴」と言ったとすれば、語義からというよりもその様子から、嫌な曲だ、という嫌悪(けんお)っぽいニュアンスが出てくる可能性もあります。一方、インタビューの問題とされた部分は、動画サイトのどこでも映像を見つけることができませんでしたので、おそらく映像はあっても放送はされなかったか、或は文字として記録しただけの取材だったのではないかと思います。ネットで中国サイトの報道を見たところ、この件は、どこかの記者が孫楊に競技後インタビューし、その際にこのような発言がされ、それをフランスの通信社であるAFPがたまたま近くに居合わせてそれを記録し、後日日本人選手に、その発言に対するコメントを求めたことで新聞種になったようです。時事通信は「明らかになった」と書いており、書き方が伝聞形式なので、映像があって確認したりしているのではなく、単に書き起こされた文章だけに基づいて報道しているのではないかと思われます。もし、そうだとして孫楊がインタビューに答えている映像を見ることなしに、単に「難聴」という語義からだけ記事にしていた場合、私が考えるに、この記事の翻訳は明らかに不適当です。

さらに参考になる事は、中国のあるスポーツ系の報道サイトを見ると、この件の報道の下に、あなたは「日本の国歌が好聴と思いますか」というアンケートが出ているという事です。私はこれは、図らずも、事の焦点が「日本の国歌がいい曲かどうか」であるということの証左となっていると思い、興味深いことに感じました。中国人が孫楊が日本国歌が「難聴」といった、というこのニュースを聞くと、読者の関心の焦点は、公の場で外国の国歌について曲が悪いと言うことは、失礼で許せない事なのか、それとも闘志をふるい立たせるためにいった若い選手の言葉としては許容範囲なのか、というそのような点で、その前提として、日本国歌はいい曲かどうか、というアンケートになっているという構造になっていると思います。で、日本国歌をだいたいイメージできる中国人は、日本がどうこうという話でなしに、自分でも曲自体はあまりいいと思っていないから、まあ事実だったらしょうがないんじゃないの?。。。、とか大体その当たりが焦点になっていると図らずも分かります。

ですので、日本国内で「不快」という翻訳によってつくられてしまった、日本は侮辱するに値するかしないか、というような焦点ではないのです。

私と中国人の友人の一部の孫楊の発言についての素直な観方をお伝えすると、中国には一部とても日本が嫌いで日本に勝ちたいと思っている人もいるので、孫楊は、『今回勝った事で中国人に喜びを与えられたと思う、本音をいえば、日本の国歌はあまりいい曲じゃないし』(括弧内意訳)くらいの感じで言ったか、あるいは日本の国歌は聞きたくないしね、くらいの感じで言ったというものです。或は、「難聴」は根本的な意味が、「聴くのが難しい」ですから、要するに自分が勝って、中国の国歌が聞きたかった、という意味で言ったのかもしれません。日本の国歌を聴くのはいやだったしね、のように。この件について孫楊が謝罪した時、そういう意味だったと弁明していますが、これは言い訳でなくて気持ち的にはむしろそっちのほうが大きかったのではないかと、ここ数日この問題を考え続けて私は今思います。日本の国歌を競技場で聴くということは、自分と中国が負けたということでそれは耐えられないと。「難」は耐え難いの意味がありますから。そして、言葉は語義AとBなどと分けられるものでなく単体で存在するものですから、曲としてよくないという感じも一部はいっていたとそれくらいの感じである可能性があります。

それで、なぜこんな事をわざわざ言ったかというと、中国には一部とても日本が嫌いか日本に勝ちたいと思っている人がいるため、こういうことをわざわざ言えば、みんなの人気者になれるのではと考えて、先ほども言いましたけれども、国内向けに媚びを売ってポーズを作ったということだと思われます。中国人の知人によると、彼は最近ひじょうに評判が悪くなっているので、再度そういうことで耳目を集めて人気を取り戻したかったのでは、ということでした。しかし、実際にはメディアから大人げないとして逆に問題視されてしまったという事のようです。この人は人気のあった頃は、素直な人柄とも見られていたような感じで、やや天真爛漫で子供っぽいというか高校生のまま大人になったというような感じかもしれません。

原文は:“感觉不仅爽,我觉得是给中国人出了口气。说实话,日本国歌很难听。”です。

难听は、難聴の簡体字です。
意味は「すごく嬉しいし、それだけじゃなく中国人のみんなにうっぷんを晴らすようなことができたと思う。本音を言えば、日本国歌はあまりいい曲じゃないしね(日本国歌を聞きたくないしね)」くらいの感じだと思います。

最後に、この「難聴」が、今回の日本国内の報道で、どのように翻訳されたかを見てみます。実は今回、メディアによって幾通りにも翻訳されています。私が考えるのに、最もひどいのがこの時事通信の「不快」です。朝日新聞はこの訳をそのまま使っています。それよりさらに問題を感じるのは産経新聞で、見出しには「不快」、本文には「耳障り」を使っています。これについては、私は、語感がどちらかといえば「耳障り」に近いので本文はそう書くべきだが、「不快」のほうが読者の感情を掻き立てて、読んでもらうのには有利と見たのでこのような使い分けをしたのではないかという印象を持ちます。毎日新聞は「日本の国歌を聞くと嫌な感じになる」と発言したというふうに訳しています。これは時事通信が「不快」と訳していることを考えると、通常各新聞は通信社の記事を元にするのでしょうが、おそらく良心的に「不快」では表現が強すぎると考えてこの訳にしたものと思われ、その面では比較的に良心的な翻訳と言ってよいのではないかと思います。しかし、それはあくまで比較の話で、意図はどうあれ、結局は嫌悪感を表現する訳にはなっており、やはり問題があると感じます。

中国情報サイトのRecordchinaの記事の中の訳は私が思うには、一番まともで、「気持ちいいだけじゃないよ。中国人を喜ばせたと思うね。実際、日本の国歌って本当に聞き難いよね」と訳しています。孫楊の言葉は暴言として紹介していますが、私はこの訳は、語義に関する長い説明を入れない状態での訳としては、ひじょうに良い訳だと思います。原義に一番近いでしょう。さらっと読んだ時は、原文から受ける感じにひじょうに近いと思います。最も理想的なのは、原文の「難聴」の語義についての少し詳しい解説が入ることですが。

同じく中国情報サイトのサーチナは、時事通信と同じで「不快」を使っています。この他、ツイッターでの投稿の一つに、中国在住で、情報を発信している方が、「耳ざわりが悪い」と言ったと書かれているものがあります。この翻訳のしかたも私はある程度理解できます。また「耳ざわり」というように「ざわり」の部分がひらがなになっているのも、「耳障り」では印象が強すぎると感じて、自発的に調整されたのではないかと思っています。また「耳ざわりが悪い」と「悪い」をつけたのは、「耳障り」だと「消え失せろ」みたいな語感がどうしても伴うので、そんな感じがでないようにという工夫の結果だろうと思います。ただし、「耳ざわり」自体が嫌悪感と反感を感じさせる言葉なので、これもやはり意味がそれでも強すぎると思われます。しかしながら、この「耳ざわりが悪い」という翻訳には、学ぶべき点があると思います。日本語訳が例え少し聞いてなじみのないものになってしまうとしても、原文の意味はできるだけ正確に伝えなければいけないという意志と、そのための努力と工夫の跡が感じられるからです。結局のところ、ジャーナリズムはそうでなければいけないと思います。

今回、時事通信の記事の中で「不快」という訳が使われた理由としては、私は可能性として大きく以下の3ケースがありうると思っています。
1)もとより中国語力が高くなく、辞書で「不愉快」と書いてあれば、そのまま使うような「てきとうな」訳だった。
2)嫌中韓の心情を持っている、あるいは無批判に今の嫌中韓の人が少なくない世相に響されていて、ことさらに中国人は反日というステレオタイプに乗って記事を書いた。(最悪なのは、翻訳だと分からないだろうと故意に扇動的に訳を選択した場合)
3)曲が悪いという話なのは、はっきり認識していたが、「聞き心地が悪い」とか「聞きづらい」では日本語として、新聞に載せるような正式感のある言葉でないと判断し、原文の意味から遠いのを承知で、あるいは記者が繊細さのない人で「不快」でも同じだと判断して、「不快」の翻訳を使った。

これら、3ケースは、2つ以上が一緒になってこういう訳になった可能性もありますが、一つ一つは画然として違ったロジックに基づくものです。私は、中国関係の記者さんは全く知らないので、どうか分からないのですが、中国語能力がダメだ、というのはもしかしからあり得るのではないかという気もします。結構、本当にできる人が派遣されてるのかな、というのは、いつも気になるところです。それともう一ついつも気になっている点は、例え中国語の総体的能力は高くとも、言葉の感覚に肉感性があるのかないのか、というところです。要するに書物の上だけで学んだような中国語で、日常生活で中国人との交流が不十分なため、語義の感覚に肉感性がなくて、単に辞書の訳を半ば機械的にそのまま当てはめてよしとしているような程度ではないことがきちんと担保されているかどうか、という点です。

二つ目の、わかって意図的に扇情的効果を狙った、あるいは扇情的言葉の選択をして、記事として目立とう、或はより多くの反響を呼ぼうとしていた場合は、もう言う言葉がありません。ややそれより罪が軽いのは、無意識に時流に乗った翻訳である場合で、先入観として、「中国人はみんな反日」という見方をしていて、そのために「不快」という訳を、原文の語彙の妥当な分析なく、手軽に自然に頭に浮かんだ言葉として選択してしまった場合です。私は、こういう事は、現在の中国に関するニュースの翻訳の中で、ひじょうに沢山あるように感じています。要するに「中国人は反日だ」と考えているから、「こんな言葉を使うはずだ」という先入観が先にあって、原文がどうこういうより、反感をもった相手がいいそうな言葉という基準で、自分の頭の中にある語彙の中から適当な日本語を選んでしまう、とこういうことです。これは、不適当と知りながら扇情的言葉の選択をするのほど罪が重くありませんが、怠慢によって罪深く日中関係と日中両国国民の生活を損なっていることに違いはありません。

三つめは、「不快」という訳語を選んだ理由が、「難聴」の原義からするとやや遠いが、新聞で「耳ざわりが悪い」とか、「聞き心地がわるい」「聞き難い」など、そんな国語として格式のない日本語の語彙は使えない、仮にも通信社の発する文章である。日本語としてしっかりさせるためには、日本語として通りのいい「不快」にするべきである。このような考えから「不快」の訳が使われた場合の話です。このケースも私はひじょうにありうる話だと思っていて、これは私としては、ものすごく腹のたつケースです。要するに形式と、見た目のよさを重要視しており、真実を伝えることは二の次、三の次、というかどうでもよくなってしまっているというケースだからです。あるいは、現地の記者は、原語のニュアンスとの関連から「聞き心地がわるい」「聞き難い」など、あるいは原語語義の解説をつけた記事を書いたが、上司や本社の編集デスク、あるいは校正などから、「正式感が足りない」「日本語としておかしい」などと変更を迫られ、結局このような翻訳になったというケース。わたしはそういう業界の人間でありませんから、単なる推測にすぎませんが、十分ありうる話だと思います。

中国関係の報道について、私がいつも極めて不満に思っているのは、中国関係の報道は、いつも新聞社テレビ局、あるいは日本社会の考える「正式感」にひじょうにゆがめられている感じがあることです。中国人は反日であり、それは反日教育のためであり、共産党は人民を抑圧しており且つ日本に敵対的である、というセットの世界観が日本メディアのコンセンサスになっている感じがあります。すべてのこのストーリーにあう記事は、正式感のある記事、なぜらなら立派な世間で正統と認められている考え方にしっくりはまる記事であり、そのストーリーに外れるものはひじょうに記事になりにいく、という感じを持っています。

少し話がずれてしまいました。このブログ記事で言及していたのは、言葉遣いについての正式感です。しかし、当たり前ですが、外国語は日本語としての正式感などというものとは本来全く何の関係もないところに存在するものであり、伝えようとする事の正確性を重んじるなら、形式や見た目が崩れることを躊躇せず、どれだけ原語に近いか、そのニュアンスを間違いなく伝えられるかということを最優先して報道するべきだと考えます。私はいつも、日本の報道は、この「正式感」とでも言っていいものに、ひじょうに歪められている気がしています。とにかく事実や情報が一般に流布している「正式感」のあるストーリーに無理やり規格化される感じで、書いてあるものから受ける印象は、いつも違和感のない信頼感のあるきちっとした感じのものになりますが、実際の真実って、そんなに規格化されたきれいなものですか?というところをいつも感じます。本当の事実は、言わばじゃがいものように凸凹のあるもので、捉えづらいものです。それを、そのままでは、こんなものは人様の前に出せない、というような感じで一般の人のもっているイメージに沿って盆栽のようにきれいに切りそろえた形で出しているのが今の日本の報道のあり方でような気がします。これに対して、私は、果たして本当にあったのは盆栽のようなものなのですか?という事を思っています。

じゃがいものようなものがあれば、どうやったら読者にじゃがいもそのまま、でこぼこのままを感じ取ってもらえるかを追求するのが、本当のジャーナリズムではないのでしょうか?

なお、この件について、共同通信は、以下のように報じています

『香港メディアは25日、仁川アジア大会で中国の競泳代表の孫楊選手が「日本の国歌は耳障りだ」と発言したと報じた。中国のインターネット上では「品のない発言」などと批判が広がっている。』
『中国の短文投稿サイトでは「スポーツ選手としての素養がない」「同じことを言われたらどんな気持ちになるか」などと批判する書き込みが目立った。中国の主要メディアは孫選手のコメントを、国歌に関わる部分には触れずに報じた。』14年9月25日

「耳障り」という翻訳は、これでもまだ納得できませんが、その他の点ではこういうのが真っ当な報道だ、と思います。この報道から見るに中国社会は基本的に健全であるといえます。

孫楊は、26日、発言について謝罪した上で、「自分は、どの国が悪いというようなことを言ったのではない。運動選手ならだれでも競技場で自分の国の国歌が演奏されるのを聞きたいと思っているだろうと思う。誰かを名指しで悪い、というようなことをいいたかったのでない、たぶん誤解があったんだと思う」と話したということです。(括弧内は中国の人民網の記事からの私の意訳)

日本選手の萩原は、この件について「孫選手とは親交があり、がんばろうと話す仲。素晴らしい選手だし、(報道の)意味の取り違えではないかと思う」と話したとのこと。贔屓目に見なくてもかなり意味の取り違えがあったのではないでしょうか?だいたい、先ほども書きましたように、「難聴」の元来の語義から言えば、元発言が孫楊自身が釈明で言っている、「自国中国の国歌が聴きたい、だから日本の国歌を聞くことになるのはしんどいしね」というような意味であっても、特にそんなにおかしくない程で、私自身そちらに重点があったのではないかと思うほどなのですから。

また、「国歌が不快」、一見もっともらしくさらっき聞き流してしまいそうですが、よく考えると「曲」と、「不快」という言葉の取り合わせ、ちょっと変と思われませんでしょうか。普通に誰かかいいそうなことではないように思います。「(紅白の)さっきの歌手の歌、不快だったねえ!」とか?日本語の言葉の取り合わせとしても、かなり不自然なのではないでしょぅか。

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山谷剛史の「中国IT小話」 ― 第68回 中国で大人気のQQの日本語版が遂に登場!

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・上海米国企業現地法人の鶏肉事件で、中国食品の輸入停止は本末転倒。

米食品大手の100%子会社の上海福喜食品の鶏肉事件で、マクドナルドが中国製鶏肉商品の販売をやめ、中国

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・ 日本国内反日報道に、中国在住者間に微妙に漂うホントか的嫌国内報道ムード?

実家の家族などと話していると、「中国では反日運動やってるけど、日本製の空気清浄器がどんどん売れてるん

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・ 上から目線中国観の典型例に見える 雑誌記事 仏頂面 粗雑なサービス?

下のリンクはYahooのニュースを見ていて見つけた東洋経済オンラインの記事です。 「日本式の”

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・YouTubeが優酷(youku)に比べてダサイわけ

中国のウェブサイトの質は、全般的に言って、私の知っている日本のウェブサイトの状況よりよくなくて、リン

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14.0622 工作 catch

・中国語「工作」=仕事 なのを隠して読者を欺こうとする産経新聞

孔子学院、実態は中国宣伝機関…当局も認める「工作の重要な一部」 大学と提携、採算度外視』 http

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・中国水泳選手孫楊「日本国歌は不快」時事通信は翻訳が不適当。結果中国人への誤解煽る。

「日本国歌は不快」の「不快」の部分の原語は「難聴」。基本的に曲

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・ 慰安婦問題について何か言う前に自分でよく調べるべき 右も左も

朝日新聞が昔報道した吉田証言について誤りだったとしたことで、にわかに慰

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・上海(中国)留学駐在観光等の便利1問1答サイト案内。交通-銀行-病院-PC-仕事

上海(中国)に留学駐在等されている方に便利な、1頁上で、交通、銀行、病

14.0923 渡辺淳一だらけ
・上海の本屋で日本人作家本がフェアでもないのに山積みである件

夏にたぶん上海最大の本屋に行って見たもの。 (一部見にくいところを拡

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・自動音声で番号を選ばせる電話詐欺に注意

業務連絡みたいな感じになりますが。 最近半年くらいの間に、二回、

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